ほんのり甘くて優しい君と

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 俺が家に帰ると、いつものように彼女が玄関まで出てきてくれた。
「ただいま~」
「おかえりなさい」
 元気そうな声にほっとする。今日は顔色もいいみたい。
「晩ご飯はお鍋にしたよ」
「何鍋~?」
「辛いのは喉に悪いかと思って、白味噌のたら鍋にしてみた」
「ありがと~、助かる」
 そんなこと言ったことがないのに、考えてくれてるのが嬉しい。年末は特に仕事が立て込んでいて、仕事道具でもある喉を痛めるわけにはいかないからだ。
「寒かったでしょ? 先にお風呂入る?」
「うん。どうしたの、なんか奥さんっぽい~」
「奥さんだよ。元気な時くらいは頑張るね」
「ふふ、元気なのは嬉しいけど、あんまり無理しないで」
 冷え切った手を洗うと、水道水があたたかく感じた。

 テーブルにつくと、鍋から少し湯気が出てきた頃だった。
 俺がお風呂から上がった頃に火をつけたらしい。
「鱈で良かった?」
「鱈は癖が無くて好き~。そろそろ旬かなぁ?」
「うん、いっぱい売り場に並んでた」
 そんなことを話しているうちに、ぐつぐつと鍋が煮える。
 俺は頃合いを見計らって蓋を開けた。
 人参が飾り切りされている。以前一緒に料理をした時、こういうのは苦手って言っていたのに。
「人参、お花にしたんだ~?」
「新婚だからね~」
 よくわからないことを言って、照れくさそうにしている。
 幸せだな、と思う。
 辛そうにしていることが多い彼女だけど、本来はこういう性格なのだ。
 鍋は文句なく美味しかった。彼女の料理で不満を感じたことはない。
 両親が共働きだったから、ずっと家事を任されていたらしい。本人も凝り性で、本やテレビで勉強したと言っていた。今でもよくレシピを見つけてきては研究している。
「白味噌使うなんて珍しいね?」
「うん。使ったの初めて。鱈には甘いほうが合うと思ったから」
「さすが。美味しい~♪」
「良かった」
 嬉しそうにはにかむ。
 鱈はふわっと柔らかく、ほんのり甘くて優しい味がする。
 とろとろになった白菜を掬って全部食べたら、雑炊もうどんも入らないほどおなかいっぱいだった。

ー終ー
2023/12/13

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