シンデレラストーリーというものを書いてみようと思いました。
あらすじ
スリムな人しかいない街、ムリス市に住む、身寄りのないぽっちゃり少女エリン(15)。
両親を亡くした後、神父に引き取られ街の教会で育つ。
子どもの頃から太っていていじめられているが、元気で明るい性格。
よく麦などの重い物を運ばされることもあり、力持ちである。
ある日街に麦を届けた帰り、車輪が溝に落ちて困っている馬車を見かけた。
「エリン、街まで麦を届けに行っておくれ。60kgほど注文が入った」
まるでそれが簡単なことみたいに神父さまが言う。
いくらぽっちゃりでも、いくら普段から農作業を手伝っていて力持ちだと言っても、女の子が60kgの麦を持って一人で街に出るのは、どう考えたって大変だ。
でも、私は育ての親である神父さまには逆らえない。
「ん? 荷車を使うのか? お前なら背負っていけるだろう」
神父さまに言われて少し泣きたくなるけれど、死んだ母さんと「いつも笑顔でいること」って約束したから、泣かない。
「重さはともかく、量が多すぎるか」
そう思い直した神父さまが荷車を出すのを許可してくれたので、ホッとして麦を積み、教会の敷地を出た。
ここはスリムじゃなきゃ人権がないと言われている街、ムリス市。
あたりを見回しても、折れそうなくらい痩せている人たちしか見当たらない。
私はこの街の中でもかなりぽっちゃりなほうで、いつもバカにされている。
だけど、私は自分の体型を嫌いではない。他国からこの街に嫁いできた、死んだ母さんに似ているから。
角を曲がって、大きな通りに出た。
すると、すぐに声がかかる。
「ぽっちゃりエリンじゃないか!」
私は体格のせいかどこに行っても目立ってしまう。
「恥ずかしくないのかよ、いい加減痩せたら?」
それくらいならよく言われるけど、今日はもっと酷かった。
「消えろ! 見苦しい!」
死ねと言われる日も、もちろんある。
麦を届けた屋敷のメイドもため息をついた。
「神父さまも、エリンに運ばせるなんて。途中で意地汚く食べられでもしたら困りますわ」
いくら私だって、生の小麦は食べない。お腹壊すよ。
ちょっとムカつくけど、太っているのは本当のことだし、死んだ母さんとの約束を思い出して、気にしないことにした。
◆◆◆
帰り道、道の端で、溝に車輪を落として困っている馬車を見かけた。
貴族の乗る、立派な馬車だ。
ひと目で重厚感を感じる。あれはきっと重いだろう。
エリンは声をかけた。
「大丈夫ですか? お手伝いします」
そう言われて、従者と御者はちょっと戸惑った様子だった。
「ありがとうございます、しかし女性には」
「こう見えても、いや、見たとおり、力はあるんです!」
私は笑って言った。今こそこの筋肉を生かす時……!
そう言って、3人で数回トライし、どうにか馬車を持ち上げ、道に戻すことができた。
いつの間にか側に立っていた、馬車の主人らしき少年は言った。
「ありがとう、助かったよ」
馬車と格闘していた時には気づかなかったが、細い体、白い肌、絹糸のようなきらめく金髪。
深い青い瞳の少年に、思わず見とれてしまった。
「どうかした?」
少年が首を傾げる。
その時、子どもの叫ぶ声がした。
「エリンの馬鹿力ー! 女のくせに!」
「そんなこと言うなよ、あいつはバカだから、力仕事しかできないんだぞ。かわいそうだろ」
「ぽっちゃりだけど、筋肉はあるんだよなー。いっつも荷物運んでるからな!」
あはは、と近くの塀の上から笑い声。
「なんだい、あの子たちは。感じ悪いな」
少年は眉をひそめた。
「いいんです、私は平気です」
「よくはないよ、わたしが言ってやめさせよう」
「いいえ、気になさらないで下さい」
そんなことをしたら、この人まで被害に遭うかもしれない。
「そう、君がそこまで言うのなら……。エリン、という名前なの? 今日はありがとう」
「いいえ、どうかあなたの旅に祝福がありますよう」
私は両手でスカートを少しつまみ、腰をひいて頭を下げた。
貴族には礼儀正しくするものだと昔、母さんに聞いた。
まぁ、ふさわしくないボロのスカートだけど。
産まれて初めて、母さん以外の人に味方された気がした。
辛い時には、何度も彼を思いだした。
気付けば一年近い時が経っていた。
◆◆◆
ムリスの街に、この国の第一王子、シリルさまが視察に来ることになった。
視察は国の正式なもので、事前に立ち寄る場所も選定され、教会は休憩所に使われることに決まった。
当日、神父さまと街の人たちは言った。
「エリン、おまえのような娘を王子さまに合わせるのは恥ずかしい。家畜小屋にでも隠れていなさい」
そう言われて頷き家畜小屋に入ったら、外から鍵をかけられてしまった。
ボロのスカートには、家畜の匂いが染みついている。
「こんな姿じゃどうせ王子さまに会うわけには行かないわね」
そう、笑って子ヤギに話しかけると、子ヤギはきょとんとした瞳で私を見た。
子ヤギを撫でて時間を潰していると、誰かが扉を叩いた。
「エリン! ここにいるのか?」
誰かが叫んでいる。
私の名前を呼んでいる。
私は黙って物陰に隠れ息をひそめた。
「見つかったら、神父さまに怒られちゃう」
やがて扉を叩く音がしなくなってホッとしていると、鍵を開ける音がした。
神父さまかな? 王子さまの視察は終わったのだろうか。
扉が開いた。
「エリン、どこだ?」
金髪の少年がきょろきょろと私を探している。
「出ておいで、わたしのことを覚えている?」
私が助けた貴族の少年だった。
「エリン、これはどういうことなんだ」
神父さまがおろおろと言う。
私は子ヤギから手を放し、素直に二人の前に出て行った。
「ああ、見つけた、エリン」
「シリル王子、どこでエリンと出会われたのですか、こんな獣臭い、みにくい娘など」
神父さまは言う。
あの貴族の少年は、シリル王子だったんだ。
「貴様は、わたしの恩人であるこの女性を侮辱するのか?」
「え。私がですか!?」
「あれからお忍びで出かけていたのがバレて謹慎させられちゃったんだけど、今度は正式に視察の手続きをしたら時間がかかってしまった。遅くなってしまったけど……あの時のお礼を言わせてくれ。そして、一緒に城に来て欲しい。わたしの妃として」
私は言った。
「あなたのことを思うと、辛いことも不思議と耐えられる気がするんです。だから、もう一度お会いしたかった。感謝を伝えたかった。それが今、叶いました」
その後、獣臭いボロを着たまま王宮に連れてこられた私は、侍女たちにピカピカに磨き上げられた。手入れしていなくてバサバサに広がるからと三つ編みにしていた髪が、高価な香油でさらふわの髪になった。シルクのゆったりしたドレスを着せられる。
魔法をかけられたみたい。
平民の私のことを、王さまも王妃さまも優しく迎えてくれた。
一年かけて礼儀やダンスを覚えた。大変だったけど、頑張れた。
「君は、いつも笑顔だね。わたしは君の笑顔を見てると幸せだと感じるよ」
母さんの教えてくれた「いつも笑顔でいること」。それが役に立っている。
そして、私たちは結婚式をあげた。
第一王子の結婚式にふさわしく、華やかなものだった。
ムリス市の人々は、市長さえ参列を許されなかった。
何人かは国外追放になったと聞くけど、私に真相はわからない。