今日のお茶菓子は、妻が作ってくれることになった。
いつもはお菓子作りの好きな俺が気まぐれに作る。作らない日は買ったものやいただいたものを食べる。
でも今日は、妻が「私が作るよ」って言ったので、できあがるのを待っている。手伝おうかと思ったけれど、ひとりでやりたいみたいだったから、その間、リビングのソファーで写真集を眺めて過ごすことにした。
この写真集は、以前、妻が贈ってくれた。妻が育った街の雪景色。妻のお気に入りのページには、俺に宛てた短い言葉が書いてある。とても恥ずかしそうに渡してくれたのを覚えている。
室内は暖かいが、窓の外はもうすぐ雪になりそうな気配。
サイダーでも飲もうかと思ったけれど、なんとなく温かいものが欲しくなって、白湯にしておく。
キッチンでは妻が粉を篩っていた。
何を作るのか聞いたら、「ブールドネージュ」と言っていた。
フランス語で「白い雪の玉」を表すお菓子。英語で言う「スノーボールクッキー」である。卵を使わない、ほろほろっとした食感が特長だ。粉糖をまぶしてある姿が雪玉っぽい。
俺はオリジナルのお菓子を作ることが多いので、レシピと睨めっこしながらバターを混ぜている姿が新鮮に見える。
ブールドネージュは、室温で柔らかくしたバターにグラニュー糖を混ぜ、篩った小麦粉とアーモンドプードルと合わせて、少し冷蔵庫で寝かせ、その後小さなボール状に成形して焼き上げる。少し冷ました後、粉糖をまぶして仕上げ。材料の種類も少ない、本当にシンプルなお菓子だ。アレンジとしては、ココアパウダーを混ぜたり、クルミなどのナッツ類を入れても美味しい。
妻は、「料理は得意だけど、お菓子は人並み程度」だと言う。人並み程度に作れるならそれで充分だと思うけど、俺がお菓子作り得意だから気にしているらしい。だから普段あまり作ってくれないんだけど、今日は珍しくやる気のようだった。
「ふぅ、ひと休み」
そう言って、生地を寝かせるため冷蔵庫に入れて、妻が台所からやって来た。
カウンターキッチンなので、何をしているかはリビングからでもおおよそ見えている。
「おつかれ~」
俺が言うと、妻は俺の隣に座った。
「あれ、その本」
「ふふ、懐かしい?」
「懐かしいというか、なんだか恥ずかしい……。まだ持ってたの?」
「捨てるわけないでしょ」
「うん……」
「俺は厳しい冬って、経験したことないけど……、だから言えることなのかもしれないけど、こんなに美しいのなら実物を見てみたい」
「芸術とか、好きだもんね。綺麗だよ、本当に、自然って」
「うん。北国の人は、雪なんてうんざりなんだろうけど、でも、俺は少しだけ嬉しいかもしれない」
「う~ん、うんざりというか、私も雪は好きだよ。愛していると言ってもいい。でも、同時に憎んでもいるかな。北国の人にとって、雪ってたぶんそういうものなんじゃないかな、私見だけど」
「もし北海道に雪が降らなくなったら、嬉しい?」
「たぶん、嫌だと思う。除雪とか、交通機関の遅延とか、怪我とか事故とか、心身の不調とか、困ることはいっぱいあって、でも、やっぱり雪は好き。雪の光できらきらしている思い出もたくさんあるの」
「ふふ、そっかぁ」
「どうしたの?」
「なんか一生懸命話してくれるの珍しいから」
妻は無口なほうだし、あまり自分のことを話さない。だから、嬉しくなってしまった。
「……あ、もうそろそろ時間かも」
そう言って、妻はそそくさと立ち上がり、キッチンに行ってしまった。恥ずかしいのかもしれない。
無事焼き上がるまで、妻は使った調理器具を洗ったり、あたりを布巾で拭いたりしていた。
予熱の済んだオーブンに入れてから20分ほどで焼き上がり。ケーキクーラーは無いので、網つきのバットに並べて冷ます。
突然、妻がキッチンを離れ、俺のところに来て言った。
「これ! 食べてみて! 今すぐ!」
「え~、何?」
そう言いながらも、妻が差し出す小皿の中の小さなクッキーを口に入れる。ほろほろ崩れて溶けるような食感、バターの芳醇な味わい。妻が作るお菓子は最高だなぁ。
「ん、美味しい」
「ね、これ冷まさないほうが美味しいかも。本当にほろほろしてて、指に力を入れたら崩れちゃう」
興奮している妻の姿が珍しく、ちょっと顔を見つめてしまった。
「何?」
気づいた妻が首を傾げる。
「ううん……。半分あったかいうちに食べて、あと半分は残しておいて、冷めてから食べるのはどう?」
「うん! そうする」
「俺、お茶淹れるね」
「ありがと」
何のお茶にしようかな、ブールドネージュには何が合うだろうか。
今朝届いたばかりの、カレルチャペックのミルクキャラメルティーは合うかなぁ?
ミルクティーにすると美味しいよねきっと。
妻が喜んでくれることを期待しながら、牛乳を温め始める。
もしかしたら、妻も同じ気持ちでお菓子を作っていたのかもしれない。
なんでもない雪の日に
あたたかい思い出が作れるような
そんな二人でいたいんです
ー終ー
2023/12/16